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クルマ、交通

2012年7月 9日 (月)

ステーションワゴン

こないだ、カーグラフィックTVを見ていたら、日欧のステーションワゴン3台の比較をしていました。スバルレガシィ、ボルボV70、フォルクスワーゲン パサートヴァリアントの3車種。

次に買うクルマは、フォルクスワーゲンポロのような、小さくて出来が良くて燃費の良いクルマがいいかな、とも思っていたんだけど、やっぱステーションワゴンも捨てがたい。

スキーに行くのにも便利だし、自転車を積むにも便利だし。大きな買い物するにも便利だし。

ワゴンの荷室が活躍する機会は、そんなに頻繁にはないでしょうが、その時のために荷室の広いクルマを選んでも良いと思うのですよ。でかいSUVとかミニバンとかだと、色々とネガな部分もありますが、ステーションワゴンにはそれがほとんどない。

ただ、もしワゴンを買うとしたら、上記3車種ではなくゴルフ ヴァリアントになりそう。基本的に大きなクルマよりは小さなクルマが好きなので、パサートよりはゴルフです。値段も違うし。

別にフォルクスワーゲンのファンというわけじゃないし、これまでもフォルクスワーゲンに乗ったことはないけど、現在のフォルクスワーゲン各車の出来は本当に良いんだよなあ。最有力の選択肢となりますね。

などと書いていて、ちょっと調べたら、ポロ ヴァリアント(ワゴンタイプ)の噂があるようで。もし、ポロにヴァリアントが出たら、ストライクゾーンど真ん中だなあ。

と、具体的に買う予定もないのに、あれこれ考えるのが楽しいのは、クルマに限った話じゃありません。

2010年4月10日 (土)

右折注意

先日、片側二車線で中央分離帯がある国道を走っていたら、その中央分離帯に「右折注意」と書かれた標識が立ってました。

えーと、意味不明なんですが。

推測1:右折する時には(対向車などに)注意せよ

推測2:対向車線から右折する車に注意せよ

推測3:こちらの車線上で右折待ちしている車に注意せよ

このうちのどれを言おうとして、「右折注意」なんていう標識にしたんでしょう。

標識ですから、シンプルさは重要です。従って、上の推測に書いたような文字数はNGですけど、シンプルでも意味不明なのはいかんでしょ。

税金のムダ使い。蓮舫さんに言いつけるぞ。

2010年4月 7日 (水)

「早めのライト点灯」が良くない

以前、交通安全の上では「譲り合い」などは必要なく、交通ルールに基づいた優先順位の把握と、その優先順位に従った行動が重要である、ということを書いたことがあります。

交通の状況によっては、例外的に優先順位を逆転させた方が良い場面もありえますが、それはあくまでも例外。通常は「優先順位に従った行動」が必要で、合理的な理由もなく「譲ってあげよう」精神だけで優先順位を変えるのは、周囲を混乱させて危険。という主張でした。

つまり、「譲り合い」という耳に響きの良い言葉で、ドライバーの意識が間違った方向に誘導されているようなもので、「譲り合い」などと言うのは即刻やめるべきだと思ってます。

という話と似ているのが、「早めのライト点灯」です。

「早めのライト点灯」自体は間違っていません。かなり暗くなるまでヘッドライトを点灯しないドライバーが多いのも事実です。

ただ、「早めのライト点灯」という表現の背後には、「ライトは夜、暗くなったら点灯するもの」という考え方があるように思います。段々と暗くなって行く時、もっと早めに点灯しましょう、ということです。

しかしながら、ヘッドライトは「夜、暗くなったら点灯するもの」ではありません。ドライバーが視認性や被視認性を判断して、必要な時に点灯するものです。

例えば、雨降り。アスファルトは濡れて黒っぽくなり、暗い色の車は保護色になる上、ウィンドウやサイドミラーに水滴が付いて、視認性が極端に低下します。従って、「雨が降ったらライト点灯」は標語にしても良い程のことなのですが、教習所ですらそれを教えていません。

例えば、高速道などの高架下の道路。晴れている昼間でも薄暗い箇所があります。当然、ライトを点灯すべきです。

雨降りも高架下も、ライト点灯率は絶望的に低いのが現状です。ほとんどのドライバーは、ライトを点灯すべきかどうかの判断すらしていないでしょう。

「早めのライト点灯」と言われたら、善良なドライバーは夕方の時間帯にのみ、点灯に気を配ることでしょう。ここ数年、「早めのライト点灯」は不十分ながらも効果は出ているようですが、雨降りや高架下の状況には良い影響を及ぼしていないと思われます。

「早めのライト点灯」などと言うよりも、「雨は点灯、高架下も点灯」とでも言った方が、ずっと効果的だと思います。「雨は点灯、高架下も点灯」を実践するドライバーなら、黙っていても「早めの点灯」も実践するでしょう。

「早めのライト点灯」という言葉によって、ドライバーの意識が「ライトは夜、暗くなったら点灯するもの」になっている悪影響は、決して無視できないのではないか、と思います。

2010年1月25日 (月)

自転車右側通行の危険性を物理学で考察する

自転車に乗る人の90%以上は、「左側通行」と「一時停止」について、全く無視しているような状況ですが、自転車で右側を走る事の危険性について、物理学を用いて解説しましょう。

ただし、これから解説するのは右側通行の危険性のほんの一部に過ぎませんので、そこんとこ、誤解なきように。

私が自転車に乗っていても、右側通行の自転車は邪魔な上に危険なのですが、ここではクルマと自転車の関係を考えましょう。

真っ直ぐな道で自転車が左側を走っていたら、クルマも左側なので、両者が近づく状況というのは、自転車をクルマが追い抜く形になります。

もし自転車が右側を走っていたら、両者は道の同じ側ですれ違う、ということになります。

この二つの状況、どちらが危険でしょうか?

仮に、自転車が20Km/h、クルマが40Km/hで走っていたとします。街中の走行速度としては、ありそうな設定だと思います。

すると、自転車左側通行の場合、クルマと自転車の相対速度は(40 - 20) = 20Km/hになります。両者が同方向に走っているので、相対速度はそれぞれの速度の差になるからです。

一方、自転車が右側通行の場合、クルマと自転車の相対速度は(40 + 20) = 60Km/hになります。両者が逆方向に走っているので、相対速度はそれぞれの速度の和になるからです。

自転車が左側通行か右側通行かで、相対速度は20Km/hか60Km/h毎時かの違いになります。3倍です。

これはつまり、クルマのドライバーでも、自転車に乗っている人でも、何かしらの危険を察知した時に、衝突回避の対処が可能な時間が1/3になる、ということです。両者の距離が例えば10mの時に自転車がふらついた、というような状況で、衝突を回避するための時間的な余裕が、自転車が右側を走っていると、1/3にまで減少してしまうんです。

これは危なさが決定的に違うと思いませんか? 自転車で左側を走るとクルマが後ろから来て怖い、という理由で右側を走る人もいますが、そんな事情はぶっとぶ程の相対速度の差が生じるんですよ。

そして、もし衝突してしまったら……

運動エネルギーは速度の自乗に比例しますので、右側通行の自転車は、左側通行の自転車の9倍のエネルギーをクルマから受け取ることになるんです。

20Km/hと40Km/hという条件においては、左側通行と右側通行で、危険回避のための時間が1/3になり、衝突した時のエネルギーが9倍になる、ということです。

もちろん、実際の交通状況はもっともっと複雑で、こんな単純な考察ではカバーしきれないことが色々ありますが、上に述べたことは原理的には正しいはずです。

これを読んだ方の何人かが、右側通行を改めて頂けたら幸いです。

2009年10月30日 (金)

省燃費運転のクルマが増えている

省燃費運転のクルマが増えている印象があります。

いかに省燃費を実現するかは、原理は簡単でも、実際の運転術としてはなかなか奥が深いのですが、誰でも簡単に出来て、それなりに効果があるのは、アイドリングしない、前方赤信号ならアクセルオフで惰性走行、の二つだと思います。

前者に関しては、コンビニの駐車場などでアイドリングしているクルマはかなり減っているように思います。数年前は、2 - 3分の買い物でいちいちエンジンを切るのはカッコワルイ、とでも思っているかのように、アイドリングが多かったのですが、最近はかなり顕著に減っているように思います。

ただし、「エンジンが冷えている時は、エンジン始動後しばらくアイドリングしてから走り始めるのが良い」という認識の人はいまだに多いように思います。特にベテランドライバーに。キャブレターとチョークの時代の認識を引きずっているのでしょうか。

後者に関しても、最近は目立って惰性走行するクルマが増えて来ている印象です。

私はずっと以前から、というか免許を取って以来ずっと、「赤信号に向かっては惰性走行」をしていました。もちろん、交通の状況を判断した上で、です。

そうすると、私の後ろから来たクルマが、私の自然減速の意味をわかっていなかったり、私の前のクルマが赤信号直前まで定速走行後ブレーキだったり、というのが当たり前にあったのですが、最近はそれが少なくなり、私と同じように惰性走行する人が増えて来ました。

もちろん、まだまだ赤信号に向かってアクセルを踏んでいるドライバーの方が多いとは思いますが、徐々にガソリン無駄遣いのパターンが認識されてきているようです。

先般のガソリン価格高騰も影響してか、テレビや雑誌でも省燃費運転術を目にすることも多くなったのが、ドライバーの啓蒙に繋がっているのでしょう。

クルマ自体の燃費性能に注目するのは結構なことですが、それと同じ位、あるいはそれ以上に、ドライバーによる(運転方法による)燃費の違いにも注目して欲しいものです。

全く何の役にも立っていない、純粋に燃料の無駄遣いだけの意味しかない、アイドリングをしている人は、まだまだはびこっています。

2009年9月27日 (日)

ハイブリッド車のカタログ燃費には意味がない

クルマのカタログに記載されている燃費は、10-15モードまたはJC08モードです。どちらのモードの燃費にしろ、実用燃費の目安になるとは言い難く、実用燃費の倍位の数字になることも珍しくありません。

という話をしようというのではありません。実用燃費とはかけ離れているにせよ、それなりの基準で測定した燃費ですから、それなりの意味(それなり、でしかないが)はあるはずですが、ハイブリッド車の場合、そもそもカタログ燃費には「意味がない」と言っても差し支えないのでは、と思います。10-15モードであっても、JC08モードであっても。

特に、ハイブリッド車と通常のガソリンエンジン車のカタログ燃費を比較するのは、全く意味がないと言っても過言ではないです。

何故なら、ハイブリッド車のカタログ燃費はドーピングが可能だから、です。

10-15モードでもJC08モードでも、ある決められた加減速パターンで走行して、その過程で消費した燃料を計測して、燃費を求めます。で、そのパターンというのは、10分とか20分とかで済むパターンです。つまり、何十時間とか何百キロとかを走るものではなく、「ほんの少しだけ走る」パターンです。

一方、ハイブリッド車は一般に、エンジンの他に電池とモーターを装備しています。燃費テスト開始時に、電池に蓄えられた電力量が100だとしましょう。燃費テストを走った後、電力量が50になっていたとしましょう。そうすると、このハイブリッド車は、ガソリンを消費し、さらに50の電力も消費して、このテストを終えたことになります。

ところが、燃費として計算されるのは、走行時のガソリン消費量だけです。本来なら、50の電力量を100まで充電するのに必要なガソリン消費も加算しなければならないのが道理なのですが、そういう規定はありません。

極論すると、電池に蓄えた100の電力を使い切って、ガソリンを使わずに、テストパターンを走り切ったとしたら、燃費は無限大ということになってしまいます。もちろん、この場合の正当な燃費は、100の充電を行うために消費するガソリンを考慮する必要があります。

もし燃費テストが何百キロにも及ぶものなら、どこかで必ず充電されるし、テスト終了時の電池容量多寡の影響も小さいし、そういうことはあまり考えなくても良いのですが、「ほんの少しだけ走る」パターンだから、電池を消費しっぱなしにすることで、燃費をよく見せることが可能なのです。実際のハイブリッド車の燃費測定時に、走行前後で電池の充電状態がどうなっているのか、メーカーには公表の義務はなかったはずです。

ということで、ハイブリッド車のカタログ燃費は公正さが保証されていませんので意味がない、というわけです。

こういう話、知っている人にとっては「何を今更」の話ですが、知っている人はおそらくごくわずかでしょうね。

2009年6月30日 (火)

エコカーの問題点

電気自動車やハイブリッド車の一部には、安全上の問題点があります。そして、昨今のエコカーブームで、これまでは実害があまり伴っていなかった問題点が顕在化する可能性があると思います。

電気モーターで走行している時に、極めて静かなのが問題なのです。1トンを超す重量物が40Km/hとかそれ以上のスピードで運動しているのにもかかわらず、その運動に伴う音はほとんどなきに等しく(まあ、実際は色々な音が出ていますが、普通のクルマに比べたら、人間の感覚的には無音に近いと言っても過言ではないでしょう)、歩行者にとって、後ろから近づいて来るクルマを認知出来ないことが危険と看做される、というわけです。

私も歩行中に後ろから来たプリウス(モーター走行していた)にヒヤッとした経験があります。エンジン音が聞こえれば、クルマの接近を認識して、それなりに注意を払った行動を取るのでしょうが、無音であるがゆえに、意図せずしてクルマの直前に飛び出すような行動を取らないとも限りません。

こんなこと、何年も前から言われてますから、この危険性について、メーカーは当然認識しているはずです。でも、今のところ、知らんぷりしているようですね。行政が何か言わない限りは、自分から対策を打つという考えはないように見えます。

これまでは、プリウスのように無音で走るクルマの絶対数が少なかったため、危険性の指摘はあっても、実際にそれで事故になったケースは、そんなに多くはないと想像されます。でも、ここんとこのプリウスの売れ具合を見ていると、危険が現実になる日も遠くないのでは、と思います。

モーター走行中は疑似エンジン音を出すような装置は、技術的には簡単に開発出来そうなものですし、コストだってさほどかからないでしょう。でも、そういう装置が付いてないってことは、メーカーが本気で対策を考えていないってことではないかと思います。

もちろん、Webなどで、そういう危険があることを公に認めるわけでもありません。無音自動車のドライバーは「前にいる歩行者や自転車は、自分の存在をないものとして行動する」という前提で運転する必要があると思うのですが、CMなどでカタログ燃費を喧伝し、エコなイメージを誇張するだけで、そういった運転マナーを啓蒙するわけでもありません。

ここ2 - 3年の間に、無音自動車の危険性の問題がかなり大きく取り上げられることになるのでは、と思っています。もう少しして、無音自動車の危険性が統計的に立証されたら、保険料が高く設定される、なんてこともあるかもしれません。

エコは大いに結構ですが、明らかな危険性について、メーカーも行政も何も手を打っていないのは問題です。後で「そういう危険性は想定外だった」とでも言うつもりでしょうか?

2009年6月12日 (金)

思いやりパッシング

先日、静岡県を運転していた時、幹線道路の上を横断するように設置された電光掲示板に「思いやりパッシング」云々と出ていました。第一印象は「何だそりゃ?」です。

「思いやりパッシング」というのは、右折待ちのクルマに右折を促すような時に使うパッシングのことなのか、と思っていたのですが、実際はそういう意味ではなかったようです。

詳細は静岡県警のページを見てもらうとして、要するに、静岡県では、信号のない横断歩道を渡ろうとする歩行者の存在を、パッシングによって対向車に知らせましょうという運動をしているのです。

誰がこんなことを考えて、誰が承認したんでしょう。責任者出て来い、です。

交通法規やルールやマナーは、日本全国共通であるべきですし、可能な限り世界共通でもあるべきです。「思いやりパッシング」のようなローカルルールを作ること自体が、混乱を招き危険を招くことは自明でしょう。交通に関しては、どんなに優れたルールでも、それがローカルであることが悪です。静岡県が勝手にやって良いことではありません。

次に、パッシングを本来の意味で使っていないことも問題です。サンキューハザードも道を譲る意味のパッシングも、本来の意味でシグナルを使っていませんが、「思いやりパッシング」も全く同様です。それらは本来のパッシングやハザードの意味をどんどん変質させ、一般のドライバーをマインドコントロールして「譲ってやったのに、ハザードも出さないとは何事だ」などという間違った思い込みに導くのです。本来の使い方以外の使い方をしない一握りの優良ドライバーが、優良ではなく思われるわけです。

さらに言うなら、実態としては譲る意志の表現としてのパッシングが無視出来ない程に広まっているわけですから、それをそのまま放置しておいて「思いやりパッシング」をしたら危険です。対向車が横断しようとしている歩行者に気付いていないので「思いやりパッシング」をしたら、歩行者は「渡れ」の合図だと思って急いで渡ってしまう、ということが起こる可能性があります。

警察としたら、ローカルルールや本来の意味と違うシグナルの使い方を抑制するような運動をするのがスジだと思うのですが、静岡県警はまったく逆のことをしています。どうしてこういうことになったのか、静岡県民ではありませんが、説明してもらいたいものです。

2009年6月 3日 (水)

トータル燃費という考え方

昨年のガソリン価格高騰や、ここのところの不況で、一般に省燃費に対する意識が高まって来たのは良いことです。ただ、ハイブリッド車は万能ではなく、得意と不得意、メリットとデメリットがある、ということは、もっと啓蒙すべきでしょう。

例えばフォルクスワーゲンは、小排気量ターボ過給エンジンにデュアルクラッチ式のトランスミッションを組み合わせ、従来の同等車種に比べて20%程度の省燃費に成功している(カタログ燃費ではなく、実用燃費で)のですが、その意義の大きさというのは、その技術はほとんど全ての車種に適用可能であり、実際に適用を進めている、ということにあります。

販売台数の上では「ごくごく一部」のハイブリッド車とは、思想が根本的に違うわけです。特定の条件下ですごく燃費のいい車を少しだけ作るよりも、全車種に素早く適用可能な実用燃費向上技術で、社会全体のトータル燃費を実効的に向上させる、という考え方です。もちろん、適材適所としてのハイブリッドを否定するものではありませんが、ハイブリッドを必要以上に高評価する必要もありません。

一方、省燃費意識の高まりと共に、省燃費運転技術についても注目を集めるようになってきました。正直、「何を今更」的なことばかりなのですが、まあ、注目されるのは悪くありません。

色々な省燃費運転のコツがありますが、とりあえず初心者向けには「赤信号が見えたらアクセルオフ」と「アイドリングはしない」をオススメします。この二つが出来ていない人は、この二つを意識するだけで、燃費向上が実感できると思われます。

さて、省燃費運転にもトータル燃費という考え方は適用可能かと思います。つまり、自分の燃費を良くする運転だけではなく、自分の周囲の燃費を良くする(実際は「悪化させない」が多い)運転のことです。

例えば、右折信号待ちの先頭の車がもたもたしていたせいで、本来なら5台が右折出来るのに実際は2台しか右折出来なかったとしたら、その分、待たされた人の燃費は確実に悪化し、トータル燃費も悪化します。原因は先頭の車がもたもたしていたせいです。

右折待ちしている時、右側に寄るのが不十分だったため、後続の直進車の進行を妨げていたとしたら、それもトータル燃費悪化です。高速道路のゆるい登り坂でスピードが低下し、渋滞を発生させたら、それもトータル燃費の大幅な悪化です。自分の周囲の燃費を悪化させる例は、まだまだ山のように上げられます。

これまで、自分の周囲の車の燃費を悪化させる運転に対して、あまりあれこれは言われて来なかったと思うのですが、これからは、そういう視点も必要かと思います。もちろん、安全性の確保との両立は当然のことで、無茶して右折しろ、とかいう話ではありません。

実際、自分の燃費を良くする運転も重要かと思いますが、周囲の車の燃費を良くする運転は、周囲の交通の効率を上げる運転でもありますから、より重用視されてしかるべきかと思います。

2009年5月21日 (木)

手をあげて横断歩道を渡りましょう?

最も有名な交通安全標語は「手をあげて横断歩道を渡りましょう」だと思いますが、先日、クルマを運転していたら、その通りの光景を目にしました。

小学校低学年と思われる児童が10人以上、先生らしき人に引率されていて、歩行者信号のある交差点を渡る時に「手をあげて横断歩道を渡りましょう」をしてました。

より詳しく言うならば、歩行者用信号が青になるまでは歩道で待ち、青になったら手をあげて、一列縦隊で横断歩道を渡っていた、ということです。

どーして将来ある子供達に、こーゆー無意味なことをさせるかなあ。無意味以上にマイナスですらあると思うんだけど。

そもそも、「手をあげて横断歩道を渡りましょう」の意味は、「私は横断する意志があります」ということをドライバーに示すために手をあげて(つまり歩行者用信号はないという前提)、クルマが停車してから横断歩道を渡りましょう、ということであって、「横断中に手をあげましょう」ってことじゃないでしょ?

まして、歩行者用が信号が青で、クルマは停止しているんですから、手をあげる意味なんてほぼありません。

歩道のない道を歩く時に、右側を一列縦隊で歩くのは重要なことですが、横断歩道を渡る時に一列縦隊になるのは、むしろダメでしょう。後の方で渡る人が、信号の変わり目で無理な横断をする可能性を誘発しますし、横断によって自動車の左折や右折を止めている時間を最小にするのが、エコであり全体最適というものでしょう。

つまり、横断歩道を渡る時は無理のない範囲で、二列でも三列でも、どどっとでもかまわない、ということです。

子供だってバカじゃないので、こういう意味のないことをやらされていると、その意味のなさに気付きます。誰もやってないことにも気付きます。交通安全教育で教えられること全体を軽く見るようになるかもしれません。オトナの言葉でいうなら、「どーせ、建前を言っているんでしょ」的な感覚になっても不思議はありません。

歩行者用信号がある横断歩道を手を挙げて一列縦隊で渡る事を指導するよりも、もっともっと重要で本質的で実用的なことは山ほどあるはずです。横に広がって歩く事の危険性、飛び出しをしやすいパターン、自転車の右側通行、一時停止無視、信号無視、並列走行などの危険性、クルマに乗ったら必ずシートベルト着用、などなど、いくらでも思い付きます。

日本全体でダメダメな交通マナーは放置しておいて、意味のない「手をあげて横断歩道を渡りましょう」を教えたって、子供達には何のプラスにもなりませんし、前述したように、交通ルールそのものの軽視すら誘発しかねないのではないかと感じています。